石川県出身のプロ野球選手2

中島塾の中島です。こんにちは。
今日はブログ記事を1つ紹介します。
2013年シーズンをもって引退することに決まった石川県出身のプロ野球選手、山本省吾投手のブログの2013年12月13日更新記事です。
石川県出身のプロ野球選手というと、なんといっても巨人からメジャーに行った松井選手が最初に思い浮かぶという人が大半でしょう。年配の方なら中日の小松投手、最近で言うと楽天の釜田投手でしょうか。
でも、私が石川県出身のプロ野球選手と聞いて1番最初に思い浮かべるのは山本省吾投手です。理由は、私が少年野球をしていたときに対戦したことがあるからです。私が小学6年生のときに山本投手は小学5年生でした。山本投手は、強豪大徳クラブにおいて5年生ながら背番号1を背負う技巧派の投手でした。
***引用開始***
昨日、ホークス球団から公式に発表があったので皆様に報告させていただきます。
2013年をもって現役を引退することを決めました。
これまでの感謝と、想いを思うままに綴ってみたいと思います。
野球を始めたのは6歳の時。
「やきゅうせんしゅになりたいんだ。」
小さい頃父親に連れられて行った石川県立野球場。ナイターに輝くプロ野球選手がとても眩しかった。
あれからちょうど30年。
小、中で全国優勝、3度の甲子園。夏の甲子園決勝のマウンド、優勝を懸けた超満員の早慶戦、大学日本一。ドラフト1位でプロ野球の世界に入り、2桁勝利、オールスター出場、開幕投手。200試合弱のリリーフとちょうど100回の先発。
この愛するひだり腕が、僕をどこまでも連れていってくれた。
今日まで夢のような、いや本当に夢だったんじゃないかと思うくらい幸せな野球人生でした。
食事も喉を通らず、夜も眠れず、時に足を震わせて。
あのマウンドにもう向かうことがないのかと思うと正直寂しくもあります。
だけど、すべての野球選手がユニホームを脱ぎ、いつか踏み出さなくてはならない新しい一歩を、今踏み出すことにしました。
今日まで僕を支えてくださった方々、共に戦ったみんな、応援していただいた皆様に、心から感謝しています。本当にありがとう。みんながいなかったら今の僕はいなかった。
戦いの場からは離れますが、今後は余生ではありません。まだまだ35歳、学びたいこともあるし、身に着けなければならないことも沢山あります。星稜OBとして、慶應OBとして、プロ野球OBとして、偉大な先輩方に少しでも近づけるよう頑張っていきたいと思います。
本当に、本当にありがとう。
また球春が訪れるのを楽しみに。
またどこかのスタジアムで会いましょう!
P.S  決断にはたくさんの考える時間とエネルギーが必要でした。相談に乗っていただいた方々には心から感謝しています。
一番辛かったのは。。。8歳の息子にやめることを伝えたときかな。彼の小さな涙を見た時、心が締め付けられる思いでした。
どんな時も家族は味方であり、共に戦ったプロ生活13年でした。そして同じ釜のメシを食ってきた学生時代の仲間の「省吾がんばれよ!」に、僕は支えられてきました。
みんなみんな、本当にありがとう!
そして本当に最後に。
2013年11月10日。雨の草薙。
これが最後かもしれないと登ったマウンド。
沢山のファンの皆様の温かい声援と励ましに、僕は涙を浮かべながら投げました。
色々を乗り越えて戻ったあのマウンドは、どんなビッグゲームを前にも色褪せることなく、僕の中に一生刻まれていくことでしょう。
また新しい人生の始まりだ!!
山本省吾
***引用ここまで***
【元記事リンク】http://blog.shogo-yamamoto.com/?eid=79
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